ショート✕ショート -小荷駄隊-

個人的な書物。ショートショート

進んだ予測

 エヌ氏は、調べものをするためにパソコンに向かう。いつも使っている”G”の検索バーに、大好きなお酒の文字を打っていくと、予測変換が下にズラーッと並び、文字を打ち終わる前に目的であるお酒を配達してくれるサイトに訪れることができた。

 その目当てのお酒を配達してもらうように注文し用を済ませ、手元のお酒を飲みながら『最近は便利になったものだなぁ』と、どこぞの誰かがアップロードした音楽動画を”G”のサービスの一つであるサイトで、ぼんやりと眺めながら思う。

 頭の中がドロドロし始め酔ってきたところで、エヌ氏の好きなジャズがパソコンから流れだし、耳の奥深くでその音楽を聞きながらベットに倒れこむ。

 翌朝、エヌ氏はテンポの良い軽快な音楽で目が覚めた。その音楽はどうやらパソコンから勝手に流れているようで、時刻を確認するとベットに倒れこんでから丁度6時間経った朝7時だった。

 最近はwebサービス”G”が横断的に情報を共有しあっているようで、夜音楽が流れ出したのも、エヌ氏が普段好きなモノを検索したり、クリックしたデータからマッチングを行い、好むような音楽が予測され流れた。また、しばらくパソコンをつけたまま時間が経ったため、寝落ちを予測しパソコンがいつも起きる時間にモーニングミュージックを用意したようだった。

 そのwebサービスはエヌ氏の生活パターンである睡眠時間、好きな音楽、食べ物、お酒や趣味などを収集・保存し、エヌ氏の生活をより便利にし、生活の一助となっている。

 エヌ氏はむくんだカラダをおこしパソコンに向かう。すると「二日酔いには」というページが開いてありグレープフルーツが良いと書いてあった。先日たまたま果物をもらった中に入ってた気がしたので、朝食の用意のついでにキッチンへ向かう。

 顔を洗い、朝食とグレープフルーツを食べ、一息ついた所で携帯が鳴る。”G”からメールが届いたらしく開いてみると、通勤で使っている電車が人身事故の影響で遅れていて、動くのを待つと勤務時間に間に合わないという予測だった。メールを下にスクロールしていくと午後から雨が降る予測で、駅から会社までの最短ルートと雨に濡れない地下からのルートを”G”mapで知らせてくれた。

 コーヒーを飲み終え着替えを済ました所で、またメールが来た。”G”カレンダーからのもので今週の予定している事がおせっかいにも送られてきた。その予定を見ながら、金曜日に彼女と食事に行くことを思い出す。カレンダーに予定を追加した覚えはないが、彼女とのメールのやりとりも監視されていて、忘れないように”G”側が登録してくれていたようだ。

 webサービスが横断的に情報を共有しはじめた事で便利になったし、ミスもなくなったエヌ氏にとって情報を管理され、先回りして予測してくれる事に文句は無いし、もう気にもならない程度の事になっていた。

 

 会社に出社し、午前の仕事を終えたところで、また”G”からメールが来る。先週仕事で行なったプロジェクトがweb上で話題になっているらしく、その事で機嫌の良い社長が部長とメールをしている事を知らせてくれた。一方で、批判的な反応と不満もあるらしく、午後はその対応をしたほうがいいと”G”は予測していた。

 仕事を終え、家に帰って来て一段落ついた所で、また”G”からメールが来た。田舎で一人暮らしになっているエヌ氏の母親の一日を”G”が知らせてくれた。田舎暮らしで持病を持つ母が心配でコチラに呼ぼうとしても「まだ世話になる年じゃない」といって聞かない母にエヌ氏はなんとか端末を持たせ、その行動を”G”に保存するように設定した。そして一日に一回転送するようにしてあるのだ。

 エヌ氏の母は、近くの公民館に行ったあとスーパーに行き、自宅に帰ったというのを”G”のSNSサービスの自動チェックインで知る事ができた。ホッとした所で食事をし、帰って来る前にwebから命令しておいた、熱々の湯船につかった。

 風呂からでてきた所で、メールが一件来ておりエヌ氏はガックリした。”G”によると、金曜日に会おうと言ってきた彼女がその日に別れ話をしそうだという予測だった。

当時、付き合い始めたエヌ氏は”G”の横断的サービスを便利に思い、彼女にも利用を進めたのだった。”G”による予測によると、どうやら最近他の男に好意をもっているらしく金曜日にエヌ氏に別れ話を持ちかけるという内容のメールをその男に送っているらしかった。

 エヌ氏は詳細な予測にうんざりした。楽しみにしていた金曜日の答えを知ってしまったし、彼女から直接ではなくメールで知ってしまったのも気分が悪くなった。エヌ氏は彼女に連絡を取ることさえせずに、酒を飲み始めた。

 3杯飲んだ所で電話が鳴る。電話の主は部長からで、エヌ氏の家の近くで飲んでいるから今から来いとの内容だった。エヌ氏は、今家にいないと嘘をつこうと思ったが、思いとどまった。自動チェックインサービスで部長は、エヌ氏が家にいる事を”G”から教えてもらっていて電話をかけて来たのだった。

 エヌ氏はうんざりして、着替えた。パソコンからジャズが流れ始めたが、またうんざりしてエヌ氏は居酒屋へ向かった。

 寒空の中、またエヌ氏に”G”からメールが来た。明日はどうやらエヌ氏の母が持病で入院するとの予測らしい。

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おわり